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ESSAY & INTERVIEW

卒業生インタビュー:名古屋愛さん(2017年度卒/劇団『青年団』)

投稿日 2023/7/24

Text:warashibe Photo:和田英士(Atelier Graphia)

早実では多くの生徒が早稲田大学へ進学することもあり、進路というと学部選びとイコールのように捉えてしまいがちです。でもキャリアって本来はもっと広い視野で考えるべきものではないでしょうか。そこで今回は、高校生の時から役者としてのキャリアを送る卒業生にインタビューをさせていただきました。話の中で何度も「面白い」という言葉が出てきました。「自分が面白いと思えるか」を大事にする姿勢は、早実生がお手本にするべきところかもしれません。

*本記事は2022年度生徒会誌「warashibe No.62」からの転載です。

名古屋 愛(なごや めぐみ)
中等部から早実に入学。2022年3月に早稲田大学を卒業。大学在学中から日本を代表する劇作家・演出家である平田オリザが主宰する劇団『青年団』に在籍。劇作家・小説家の柳美里が主宰する『青春五月党』の劇団員としても活動をおこなっている。

――海外公演から戻ったばかりとお聞きしました。

『ソウル市民』の公演でポーランドに行ってきました。フェスティバルの一環で、現地のプロデューサーが呼んでくれたらしいんですけど、すごく新鮮でしたよ。国内公演ではどうしても私たちをよく知っているお客さんが多くなります。それが海外だと「なんか変な奴らが来てるぞ、観てみるか」くらいの感覚で。日本語で上演してポーランド語と英語の字幕が出るんですけど、最初はお互い探り探り。でもリアクションをくれるし、カーテンコールの盛り上げ方も上手で気持ちよかったです。
実は『青年団』に入ってからもオリザさんが演出する作品にはあんまり出てなかったんです。他の演出家ばっかりで。今回は、ポーランド公演っていう情報に引っ張られて、すぐ手をあげました。はじめはどうしてもポーランドに行ってみたかったっていうのが大きかったですけど、久々にオリザさんの現場に立てました。

――参加したい人が応募するシステムなんですか? 

大体は出たい人が名乗りをあげる形です。すでにオリザさんが知ってる劇団員なのでオーディションはまずありません。『青年団』全体で300人くらいいると思いますけど、今回ポーランド公演にはそのうちの25人くらいで参加しました。
参加の仕方に限らず、劇団によってシステムは全然違います。固定給か時給か。公演の日だけ手当てが別で出るところ、ステージ数で公演料が決まっているところ。私も『青年団』だけじゃなく客演として色々なところに出ます。客演ではオーディションを受けることもあれば、オファーが送られてくることもあり。はじめての劇団では条件交渉から自分でします。個人事業主、自営業なんです。芸能事務所に入ってる人はまた違うんでしょうけどね。とにかく人によって違いすぎるから簡単に説明できないんです。不思議な生活だとは思いますよ。友だちに聞かれても答えるのが難しくて。人による、としか言えず。ものすごい暇な時期と、公演や稽古が重なって恐ろしいスケジュールになる時期があって。所属組織以外には出ちゃダメっていう劇団もあるみたいですけど、『青年団』は自由です。「ここに出ます」ってオリザさんに連絡して「了解しました」って返事が来るだけ(笑)

――『青年団』に入った経緯を教えてください。

高校3年生の時に『無隣館』(『青年団』への登竜門にあたる若手俳優の育成機関)に入りました。夏頃に『青年団』とは関係ないお芝居を観に行ったら、劇場でもらったチラシの中に『無隣館』の募集があったんです。そこに載ってたオリザさんのコメントがすごく良くて。(検索して)あっ、出てきた。

先端的な演劇人、芸術家にとって最も重要な要素は、その才能故の孤立と孤独に耐えることだと私は考えています。アウェーで闘える真に自立した演劇人を育てるために、この私塾を「無隣館」と名付けました。多くの若い演劇人の参加を期待します。
(こまばアゴラ劇場HPより)
http://www.komaba-agora.com/theater/murinkan

これがクリティカルヒットでした。このまま演劇続けていったら確かに一人になっていくんだろうなっていう気はしていて。横に人がいなくなっていく。同僚と協力してとかじゃなくて一人で仕事を選ばなきゃいけないし、制度が守ってくれるわけでもないし。だからこの言葉が刺さりました。チラシを見たのがたしか締め切りの前日で、明日締め切りじゃんって慌てて書類を出しました。

――もともとプロの役者を目指していたんですか?

演じることは小さな頃から好きだったそうです。幼稚園の発表会からもう生き生きしてたらしいので。決定的だったのは小学校5年生の時です。学習発表会で『走れメロス』をやったんですけど、小学校の出し物なのでメロスは5人くらいいるんですよ、場面ごとに一人ずつ。やっぱりラストシーンのメロスをやりたい子が多くて、大オーディションのすえラストメロスの座を勝ち取りまして(笑) あれ最後めちゃくちゃ走るじゃないですか。体育館わざわざ1周させられてお客さんが入るところから出てくるっていう演出だったんです。その時に、なんていうんだろう…観たことのないモノをみてしまった。すごい光景だこれはっ!て思って。そんなに遠い将来のことまで考えてはいなかったけど、とにかく演劇をやるぞって。早実を選んだのも、大学が演劇で有名なのでこの1回の受験で演劇部と演劇サークルまでいけるならっていうのが理由の一つです。高3の時に明確にプロになろうっていう意識があったわけじゃないんですけど、そういうことを考えるようなタイミングだったからこそチラシの言葉があんなに響いたのかもしれません。
『無隣館』の選考は書類審査と面接が数回。実は『青年団』の劇を観たことがなかったんです。募集要項には「観たことのある人が望ましい」みたいに書いてあったけど、でも観てないからなって思って書類にも正直にそう書きました。そもそも「平田オリザ」もよく知らなくて。『幕が上がる』っていう小説しか読んだことなかったから勝手にすごい綺麗な女性をイメージしてました。書類が通ったので次の審査に行って、オリザさんってどの人だろうって思ってたら、入ってきた瞬間に部屋の空気がピシッてなった人がいて「この人だ!」と。
最後の面接の時に、オリザさんから「観たことないんですね、大丈夫ですか?」って言われたので「大丈夫です」って答えたら「わかりました、よろしくお願いします」と。最終審査はほとんどそれだけでした。あらためて考えると何が大丈夫なんだって感じですよね(笑) それで『無隣館』に入ったのが高3の秋です。

――すごいやりとりですね…

これだけ聞くと相当適当ですよね。でも実際は『青年団』は他の劇団に比べて組織運営がきっちりしていると思います。俳優部とは別にちゃんと事務部もあるし、どうしても力関係からハラスメントが起こりやすい業界っていう認識もあるので、これをするとパワハラっていうのがびっしり書かれたマニュアルも用意されてるんですよ。『無隣館』も受講費や宿泊費が全部無料でした。もちろん入ればゴールではなくて、育成機関なのでワークショップとか色々な研修があります。私が最年少で、学校帰りに制服で稽古に行ったらびっくりされました。高校生なの?って。ワークショップでは演技のことだけじゃなくて制作とか会計のことまで教えてくれて。オリザさんからは俳優として生き抜く術を与えてもらいました。でも、地方に合宿に行って大御所の演出家が竹刀を持って指導してるのを見たり。その最中にも気づかないうちに『青年団』への選別がおこなわれていて、研修の途中で何回か選考のタイミングがあるんですよ。ずっとそれが続いてるみたいなものだからすごい緊張感で。それで大学2年生の夏に正式に『青年団』に上がりました。そこから自営業のはじまりです。

ポーランド公演の会場(名古屋さん提供):かつてパン工場だったヴロツワフの劇場「グロトフスキー研究所ベーカリー劇場」にて、現地スタッフと共に仕込み中。

――そのあとしばらくしてコロナの騒ぎが起こります。劇団は大変だったのでは?

公演が中止や延期でとにかく暇でした。でもオリザさんが再開のために政府と交渉したり手を尽くしてくれて。その間はとにかく学校の勉強を楽しんでましたね。大学3年生で面白い授業も増えたので、取りたい授業をガンガン取って。これ以上は取れませんって言われるほど。就職活動はしませんでした。好きなことへの体力はあるからなんとかなるだろうと。  
サークルにも入ってました。鉄道研究会。早実の文化祭で走らせてた鉄道模型に憧れてたんです。きっかけはとにかく模型。あれを走らせたいって思ってただけなんですけど、入ってみたら旅の文化が意外なほどに濃くて。合宿は現地集合なんですけど、いかに意外なルートで来たかを自慢し合ったり。化石みたいな古い切符をコレクションしてる人とか。そういう環境にいたので旅が好きになりました。明後日からは一人旅で熊野古道に行ってきます。普通のルートじゃなくてすごい遠回りの電車で(笑)

――旅といえば、もうひとつ所属されている劇団では福島公演をおこなったんですよね。

柳美里さんの『青春五月党』に2018年から参加しています。オリザさんからの募集メールに福島に1カ月滞在ですって書いてあって、なんとなく面白そうだなと。この時も柳美里さんを知らなかったんですけど(笑) その公演がめちゃくちゃ面白くて。終わった瞬間に劇団に入れてくださいって美里さんに頼みました。規模としては劇団というよりユニットなので『青年団』とは対照的ですね。 
福島の土地そのものに魅力を感じたので、公演がなくても月2~3回通ってた時期があります。小高っていうところなんですけど、肌感覚として好きだなと。津波で荒れたところにそれでも戻ってきて住んでる人がたくさんいて。何度も通ってると面白い話がいっぱい聞けるんです。卒論では美里さんの作品を扱ったので、現地で聞いた情報をどんどん書きました。教授に論文じゃなくて紀行文だと言われながら6万字も(笑)

地域おこしに誘われたり、もう骨を埋めるならここだと本気で移住を考えたこともありましたが、みんなが同じ場所にいるのも風通しがよくないかもしれないと思ってやめました。定期的に通う方が、住んでいる人とは違う形で関わることができるかなと今は思っています。ここで再び電車の話になるんですけど(笑)、震災からずっと線路が途切れてたところがあって、その開通の日に電車に乗りに行きました。桜が有名な場所で、桜色の傘を差している人たちの姿がすごく印象的な光景で。きっと今後も通い続けると思います。

――今回のインタビューは「キャリア」がテーマでもあるのですが、ご自身のこれまでを振り返ってみてどんな感想を持ちますか?

俳優一本で生きる覚悟、みたいな力強いことが言えればいいんですけど、今でもそういう感覚はなくて。ふわーっと面白そうなことを続けてきただけなので。だから俳優って名乗ることに悩んだりします。そんな自分がオファーをいただいて、でも何を求められているのかわからなくて鬱々とすることだってあります。これまでに特別なことをしてきた意識はないし、本当にやりたいことをやってるだけだから。舞台に立つのが好きでやってるだけで。好きじゃなくなったらやめるだろうし。でも今は好きなんですよね。

――ちょうど未来の話が出ましたが、今後のお仕事の予定は? 

来年の四月(*2023年4月)にポーランドで上演した『青年団』の作品の東京公演があります。夏にはフランス人演出家による上演も。友だちや家族に面白いよって自信をもって言えるものを選んで出演しているつもりなので、興味があったらぜひ観に来てください。あとはローカルCM。それが葬儀社なんです。周りに「なんで葬儀社?」って聞かれたんですけど、だって葬儀社のCMなんかなかなか出られないじゃないですか!

――それもやっぱり「面白そう」だから?

そうそう(笑)

*2024年5月追記
2024年6月に名古屋さんの出演作品が2本公開されます。ぜひご覧ください。

井口奈己監督『左手に気をつけろ』
第36回東京国際映画祭NIPPON CINEMA NOW部門 公式出品作品
6月8日(土)より、渋谷ユーロスペースほか、全国順次ロードショー

http://hidarite-movie.com/

村口知巳監督『あたらしい世界』
ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2024 公式出品作品
6月16日(日) 二子玉川ライズ スタジオ & ホールにて上映
6月1日(土)~30日(日) オンライン配信

https://www.shortshorts.org/2024/program/aj/aj-12/the-new-world/