Text&Photo:Sota Ohno
1人でいることが苦ではないタイプですね。1人の時間も大切にしたいタイプです。友達がいない哀れな人間でないと信じてます。僕が一番気に入ってる1人時間は、散歩。まあ1人じゃなくてもいいんですけど、なるべく少人数で。海を散歩するのが好きです。金沢八景とか三浦海岸とか、神奈川県の海が近場でおすすめです。
なんか、バランスがいいんですよね神奈川の海って。人と建物と自然のどれかが多すぎたり少なすぎたりすることがなくて、目に映るもののバランスがいい。いい景色だけどとてつもなく景色がいいってわけでもないから、晴れてないと損した気分になる、とかそんなことはなくて。曇っててもそれなりに良さはある。雨はさすがに萎えますけどね。
あとはまあ、安心感。どんなにつらいことがあっても、誰かに裏切られても、海はそこにある。そんな安心感があるんです。
三浦半島の先端に散歩にいったんですよ。そしたら、視界一面に大根畑が広がっている。地図でみると、めちゃくちゃ小さくて細くて心もとない、そんな三浦半島に、大根畑が広がっている。感動したんですよ。「三浦半島にこんな広い大根畑があったんだ」って知って。自分でもわけわかんない感動です。でも、確実に新しい発見ではありました。その日は天気が良くて、遠くに富士山も見えたんです。もう最高。
散歩は観光とは違うわけです。別に観光を否定したいわけじゃなくて。僕が求めてるものは観光にはないって話です。観光というと、目的地とタイムスケジュールをしっかり定めて計画を練って行くような感じがするけど、散歩は、ある程度目的地は決めてるけどのんびり歩いていくイメージで。実際、「三浦半島に行こう」って思ってたけど「大根畑を見に行こう」とか「富士山を見に行こう」とかは考えてなかったわけです。全部偶然。この偶然の出会いに、本当にわくわくするんですよね。だってその偶然は、自分にしか得られないものじゃないですか。その偶然が思い出として残るのは自分の心と、場合によっては隣を歩いている誰かの心にしか残らない、この特別感、優越感がたまらないんです。
例えば、散歩しながらなにかものごとを考えていたとします。目を遠くへやるとそこには富士山が現れる。そしたらもう考え事なんてそっちのけで富士山を眺めたり、写真をとったりして、気づいたらさっきまで何考えてたか忘れる。このいい加減さがまた散歩の魅力のように思います。学校の授業では考え事もできないし、ついていくのに精一杯。家帰って勉強するときも効率を考えて最適解を選び続ける必要がある。寄り道してる暇なんてないんですよ。そんな日々を生きる僕が、寄り道し放題の散歩を気に入るのは、息抜きとしては当然ですね。
極端な話、睡眠をとるようなものなんですよ。僕にとっての散歩は。必要不可欠。日々の喧騒から抜け出して、何も考えない時間をとる。あるいは、どうでもいいことを考え続ける。その時自分しか見ていないであろう光景を心のアルバムに刻んで、ちょっと嬉しくなる。その結果、日々澱のようにたまった疲れや不満が浄化される。心のクリーニングですね。だから海とか、自然多めなところが好きなのかも。
