Text&Photo:Minami Abe
山田尚子というアニメーターを知っていますか?
名前を聞いてぴんと来なくとも彼女が手掛けた作品を挙げれば知らない人は少ないと思います。アニメ『けいおん!』『響け!ユーフォニアム』の監修から始まり、映画『聲の形』『リズと青い鳥』、近年ではアニメ『平家物語』や映画『きみの色』を手掛けている、あの山田尚子です。
わたしはアニメ『平家物語』の色彩感覚や線の強弱などに惹かれて彼女の名前にたどり着きました。今回は一目ぼれしたこの作品を中心に山田尚子の色彩について話していきます。
アニメ『平家物語』は、栄華を極めていた平家一門が衰退していく様が12話(1話30分)に凝縮され、「盛者必衰」「諸行無常」の現実を頭から浴びせられるような作品です。
800年の時を超える祈りの物語と題し、日本が貴族社会から武家社会へと歴史的転換を果たす、激動の15年間を山田尚子は彩っていきます。
物語の結末としては、平家一門はかの有名な壇ノ浦の戦いにて一族もろとも海に沈む。みなさんも一度は学んだことがあると思います。そんな混沌とした世の中ですが、この作品には優しく温かいタッチと色彩が用いられ、登場人物の心の温かさややさしさ、美しさが伝わってくるのです。
例としてわたしがここで挙げたいのは、平徳子です。彼女の人生はとてもつらいものでした。生まれてから「天上」世界をも凌駕したという栄光の日々を生きていたのに、相次ぐ合戦や飢えにさらされ続ける苦しみへ。多くの人々の死と最愛の息子安徳天皇が海に沈む姿をも目の当たりにするほどのとてつもない荒波に飲まれても、なお生き続ける身となってしまい、ただひたすら“祈り”を捧げた_
そんな彼女が身にまとう衣服はどれも淡く優しい若葉色や淡黄色が基調。朱色の袴にはまだ若い女の子らしさが表れています。ただ彼女の髪の色と瞳は真っ黒で、衣服との激しいコントラストを作り出しており、そこには彼女の芯の強さが表現されているようです。
山田尚子はあるインタビュー記事の中でこんなことを話しています。(https://www.sankei.com/article/20240830-CU7MRDM2T5LBFN7XE3DBDBL3B4/)
(色は)「アトモスフィア(雰囲気)。原色もあるし、中間色もある。いろいろなグラデーションが可能なので、意味を限定しないというところで自由自在に印象を伝えることができる」。
(“美しい色の人”とは)「自分の思いに忠実になれる人。人がいて、自分も存在していることを理解して、まっすぐ生きていける人」。
驚きでした。「この人の見ている世界はなんて素敵なんだろう」って。だからこの人が作り上げる作品は繊細な美しさと抱きしめられるような温かさがあるんだ。そう思いました。
彼女の色彩感覚は、単に視覚的な美しさを追求するだけでなく、物語の深層にある感情やテーマをも表現する手段として機能しています。色彩が登場人物の内面を映し出す鏡のような役割を果たしているのです。
さらに、自然や風景の色彩も作品の重要な要素として組み込まれています。『平家物語』では、四季の移り変わりや自然の美しさが色彩によって描かれ、物語の背景としての役割を果たしています。特に目をひかれるのは“牡丹の花”がぽとりぽとりと落ちていく場面で、彼女はこれで落ちていく首を表現しています。それにより、物語のテーマである「盛者必衰」が自然の摂理と結びつき、より一層深い意味を持つようになっているんです。
山田尚子の作品は、アニメーションという枠組みを超えて「芸術」と呼ぶにふさわしい表現の数々に満ちています。特に『平家物語』では、歴史の悲劇を描きながらも、どこか救いを感じさせるような温かみが全編を通して漂っています。それはきっと、彼女が色彩を通して登場人物たちの「心」を描こうとしているからではないでしょうか。
最後に、彼女の言葉をもう一度だけ。“美しい色の人”とは「自分の思いに忠実になれる人」。この言葉は、彼女の作品が放つ魅力そのものを表しているように感じます。山田尚子が生み出す色彩の美学に、わたしはこれからも心を奪われ続けるのでしょう。
