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ESSAY & INTERVIEW

卒業生インタビュー:長澤歩さん(2017年度卒/早稲田大学大学院創造理工学研究科建設工学専攻)

投稿日 2024/6/17

Text:Shuka Miyake Photo:warashibe

当日は理工学部のある早稲田大学西早稲田キャンパスで待ち合わせでした。中庭で取材用写真を撮影していたところ、他のグループから急にカメラを渡されて「写真撮ってもらえませんか」とお願いされたのですが、気さくに引き受けていた長澤さん。理系の研究活動とその魅力について、とても具体的なお話を聞くことができました。「日常を残すこと、生み出すこと」というフレーズが特に印象に残っています。

長澤 歩(ながさわ あゆむ)
中等部から早実に入学。早稲田大学創造理工学部社会環境工学科から大学院創造理工学研究科建設工学専攻に進む。大学4年時に配属された佐々木葉研究室(https://www.yohlab.sci.waseda.ac.jp)で土木の景観・デザインを学び、新潟に残る潟やその周辺地域の将来像を描くプロジェクトなどに携わる。今春卒業。

――まず大学での専攻について、早稲田大学の理系学部の中から社会環境工学科を選んだ理由を教えてください。

はじめはデザイン工学を学びたいと思い、基幹理工学部を希望していたんです。でもその年は基幹理工学部が人気で、第二希望だったこの社会環境工学科に進学したというのが実際のところです。

社会環境工学科の前身は旧土木工学科で、橋やトンネルといった構造物の設計から、自然と折り合いをつける防災の仕組み、都市計画や景観まちづくりまで、あらゆるモノづくりを学ぶことができる学科です。もともと志望していた「デザイン」というものを、人を中心とした視点から見つめなおすことのできる場所だと思います。

――研究の魅力を教えてください。どのようなことをされているのでしょうか。

景観・デザインを専門にする佐々木葉教授の研究室に所属しています。風景を介して、身近な社会の問題を考えることができる点に面白さを感じます。「景観」と一口に言っても難しくて、試行錯誤しながらデザインし、形にしているわけですが、それを受け取る人たちが感じる「良い風景」というのは様々です。しかも、起こせるのはほんのわずかな変化くらい。それでも、人々や社会に向けて何ができるかをみんなで話し合っています。

いま、研究室ではフィールドと呼ばれる調査対象地を新潟に一つ、長野に二つ、岐阜に一つ持っていて、主にその四つの地域で研究活動を行っています。実際に研究室を飛びだして、地元の方々と一緒に課題をどう解決していくか考えていきます。自分で見たことや聞いたことから得られた知見を、研究成果として提示できることにとてもやりがいを感じます。生活と密接に関わる研究であり、もちろん一つのフィールドに縛られることなく自分の関心の赴くままに研究を進めることができるところも大きな魅力です。

新潟にて①:総合学習の時間をお借りして地元小学生にレクチャーしたところ、予想に反して興味津々。一緒に川辺を歩いて、どんなことがしたいか提案もしてもらった。

――フィールドに行くことで何が得られるのでしょうか?

地方都市はそれぞれの課題を抱えています。例えば、過疎地域に指定されていたり、大切な風景を守るノウハウが足りなかったり。メディアで取り上げられているような社会問題に実際に触れ、そうした地域の方々と関係を構築することができるのは、フィールドへ行く大きなメリットであり、とても貴重な環境だと思います。

綺麗な「風景」として切り取られる一部分だけでなく、現地に足を運んでこそわかる雰囲気、そういうものを肌で知ることで「ああ、自分っていまここに生きているんだなあ」と感じたり、「この地域のために頑張ってみようかな」という気持ちが生まれたりします。ニュースの中の出来事も、知らない場所だと現実味を持ちにくいですが、その場に身を置いてみることで、地域の問題がグッと自分の側へ引き寄せられる感覚を覚えます。

新潟にて②:集落を流れる川の大きな地図をつくり、住民の方々の思い出を書き込んでいく。昔のことを話すときには、誰でもいきいきとした表情になる。

――より良い景観を作るために大切なことは何だと考えられますか?

難しいですね……(笑)。まちづくりの話題では、よく「賑わい」という言葉が出てきます。その「賑わい」というのは人を呼ぶこと、人を呼んで盛り上げましょう、楽しくしましょうという意味で使われることが多いですよね。人が多く集まれば活力が生まれて街をよくできるという発想だと思うのですが、冷静になって考えてみると日本の人口は減少しつつあって、その状況で「賑わい」を新しく生み出すということは、他の地域から人を持ってくるということ。では持っていかれた地域は……。一つの地域だけではなく周りを見てみると、実は根本的な課題の解決になっていないケースもあるんです。

だから「賑わい」とだけ聞くととても良い言葉のように感じますが、実はそうでもなかったりするわけで。そうやって一つの問題だけを見てそれを解決しようとするのではなく、ある物事をそれぞれの立場から様々な角度で考えることが、より良い景観を生み出すために大切なことなのではないでしょうか。

――建築物の面白さはどんなところにあると思いますか?

建築って、その場所になにか物を建てるからには、周囲の環境は絶対に無視できないじゃないですか。そこに住む人からしたら、近くに道路があれば車の音がうるさいし、緑があれば美しいと感じる。それは周りの人たちからしても同じですよね。良い建築というものがあるとすれば、その街の文脈をしっかりと読み取れていて、「この街、あの建物が建って良くなったよね」「私もあんな家に住んでみたいな」といった感情を思い起こさせてくれる建築であると思います。

一度建ててしまえば数十年数百年とあり続けるので、本当に多くのことを考えて建てなくてはいけないですね。一見何の変哲もない建物であっても、色々な背景からその場所に建てられている。「そこに存在している」ということこそ、土木や建築の魅力だなと感じます。

こうした人工的な建築物に対して原初的な自然がある、という見方をされることもよくあるんですが、本当に人の手が入っていないリアルな自然ってわずかしかないらしいんですよ。だから「緑を取り戻そう」というときの緑って、一体どの時代の自然のことを指すのか、とか。私たちが思い描いている「昔の自然」というのも、もともと日本にあった本当の自然ではなく、ある程度開発が進んだ後の姿だと思うんですね。「この景色いいよね」とか「この自然いいよね」って感じるそういう景色や自然は、実は厳密な意味での自然じゃない。そう考えると、元に戻すことが必ずしもいいとは限らないし、自然の美しさは人の手が入ることで保たれている場合も多いです。

このように良い建築や景観の基準というのは非常に複雑なのですが、研究室で指標になっていることのひとつは「懐かしさ」です。子どもの頃に見た風景がその人の奥底に眠っていて、それがふとした瞬間に思い出されたとき、素敵だなって感じたりするのかなと。でも、現代の子どもたちの「懐かしさ」の拠り所って、このビルいっぱいの景色だったりする。スタンダードは常に変わっていくので、普遍的な「美しいもの」を残すことが絶対ではなく、私たちが大事にしている日常を残すこと、大事にできる日常を生み出すことが必要なんだと思います。

――まちづくりに関する研究を志すようになったきっかけは何ですか?

純粋に「まちづくりってなんだろう、やってみたいなあ」という感じで(笑)。実は大学の学部選択では、第三希望に建築学科を入れていたんですよ。とにかく何かをつくりたい、という気持ちがあって。いざ社会環境工学科に入って葉先生の授業を受けたり、大学3年生のときにまちづくりのアイデアを募るコンペに参加してみたりしたら、それがすごく楽しかったんです。

コンペでは、実在する都市が抱える課題を同じ学科の仲間と一つひとつ読み解いて、「ここはこうしたいよね」「でもそうするとここがこうなっちゃうよね」みたいに言い合うなかで、風景や都市について考えることって世界中のこととつながっているし、この時代だからこそ取り組むべき研究分野なんだと実感できたのが大きなきっかけですね。

研究室での活動を通して、自分自身のことについても理解が進んだ気がします。ひとつの物事について、プロの研究者ほど深くは掘り下げられないけれど、ほかの人が理解できるように伝える力はあるんだと気づいて、「自分はこういうことが得意だったんだ」と。例えば博物館を作ることになったとして、展示品の全てを詳しく説明できるわけではないけれど、こういうストーリーにして紹介したら分かりやすくて面白いだろうな、みたいな提案をすることはできる。それが自分の強みであり、研究室で鍛えられた力だったんじゃないかなって思いますね。この先の進路を選ぶにあたっても、この気づきはすごくいいきっかけになりました。

――最後に、長澤さんが大切にしていることを教えてください。

「向こう側を想像する」ということですかね。ある風景を前にして、その向こう側にいる人は何を考えているのか、どんな生活をしているのか、とか。ご飯が出てきたということだけでも、誰が作ったんだろう、どこから来た食材なんだろう。そういうことを考えて、ようやく良いものをつくる土台ができるというか、大切な気づきにつながることが多いと思うんですよね。

だから研究室ではすごく雑談が多くて、電車の中で見かけた人の話とか、今日こういうことがあったんだよねとかいう日常のあれこれをよく話すんです。一見何の役に立つんだろうっていう話題なんですけど、そういう些細なところから色々なことを考えて、想像して、問題に向き合っていくという姿勢をこの研究室で学ぶことができて、いまも日々刺激を受けています。