Text:Kanoko Hashimoto(5D) Photo:warashibe
今回のインタビュー、お話してくれたのは今年度から早実にお勤めされている家庭科の友田先生です。普段の授業では知ることのできない、教育に関する想いをうかがうことができました。
友田 薫(ともだ かおる)
早稲田実業学校中・高等部 家庭科教諭。
大学卒業後、民間企業に就職し、保育施設の運営など子育て支援事業に従事。その後、東京都公立中学校、都立中高一貫校等を経て、2023年4月より現職。
――なぜ家庭科の教師になろうと思ったのでしょうか。
この質問、家庭科の先生になってからすごく聞かれるようになりました。民間企業に勤めていた時には聞かれたことなんてなかったのに。やっぱり珍しいからなんですかね。
きっかけは高校生の時、自分の生き方や家族について学ぶ人間学の授業で、児童虐待について調べたことです。当時も虐待の件数が増えていて、その加害者の7割ほどがお母さんだったんです。そのデータを見たとき、なんで産みの親であるお母さんが子どもに虐待をしちゃうんだろうって不思議に思いました。
それで疑問を持って調べてみると、不安定な家族関係や経済的な困難の他に、出産を機に仕事を辞めて家庭に入ったことで社会から孤立してしまったお母さんであったり、家庭の中で子育てや家事などを全てお母さん任せにしている家庭であったり、女性に色々な負担がかかっている現状を知りました。特に核家族化が進み、家で母子密着になることの閉塞感や孤独感が母親にとってどれだけ辛いものだったか当時の私は想像できていませんでした。私はこの問題をきっかけに、男性がもっと家庭にコミットするようになれば、虐待も減るのかなって考えたんです。それで、こういう虐待が減る社会を考えたときに男の人が家庭科とか教えたらいいかも、って思ったんですよ。
お母さんも虐待をしたくてしているのではないと思うんです。そう考えたらすごくかわいそうだし、子どももかわいそうだし、この社会が変わる必要があると感じました。大学では、家族関係学なども学びました。妻をイラっとさせる夫の言葉って何だと思いますか? ひとつが「手伝おうか」だそうです。男性が家事や育児をお手伝い感覚でしていることがみえてきますね。これから大人になる生徒たちを生活力のある自立した大人に育てることが重要だと思いました。その結果、家庭科って大事じゃない?って。大学卒業後は社会を知るためにも民間企業に就職し、子育て支援に携わる仕事をしましたが、そこでの経験はもちろん、現場で奮闘する保育士さん、受験時に背中を押してくれた高校の家庭科の先生、そしていつも私のやりたいことを応援してくれた家族のおかげで、今この道を歩んでいるのだと思います。
――実際の仕事内容について教えてください。
家庭科って本当に幅広くて、今や衣食住というのは家庭科の一部にすぎません。子育てや介護、経済生活など自分の生き方や社会とのかかわりを考える重要な教科です。でもやっぱり私は、この仕事に就くきっかけであり専門の大学で勉強したのもあって、保育は特に気持ちが入りますね。子どもは大人が立派に育ててあげなければならないと思っている人が多いかもしれませんが、大人が子どもから学ぶこともとても多いですよね。授業では、転んでも何度も立ち上がって歩こうとする乳幼児の動画を見せるんですが、その挑戦し続ける姿から高校生もいろいろ感じてくれるんですよね。こうした子どもから学ぶという経験をたくさんの生徒にしてもらいたいと思っています。
一番大変なことは、基本的に一つの学校に一人しかいないことです。だから、授業内容の相談ができないんですよ。なので、なるべく学校の外に出て研修会に参加するなどして日々アップデートに努めています。おかげで授業づくりの視野も広がり、授業にも還元できてると思います。
よかったなと感じるのは、生徒たちが日々変わっていく姿であったり、生徒が悩んでいるところに寄り添いアプローチしたことで、少しでも前向きになれたなんて言ってくれた時ですね。生徒の良いところを引き出し、活かすための場を作ったりきっかけを与えるのが教員の仕事のひとつであり、やりがいだと思っています。私は頑張ろうとしている人の人生を応援したいんですよね。授業では「将来を考えるきっかけになった」、「家庭科の授業が楽しみ」と言ってくれた時が嬉しいですね。自分はどう生きるかを考える教科でもあるので、多様な価値観や生き方にふれて視野を広げてほしいという想いから、意図的に授業の中で周りの人と自由に会話したり、考えを出し合う時間を多めにとっています。
あとは、困ったときに助けを求めてもいいんだよということを生徒によく伝えています。たった一度の人生ですから、誰もが自分の人生において初めての経験だらけだと思います。だから失敗もあるし悩むことも当然あります。それが普通なんだよ。だから一人で抱え込まなくていいんだよと。ただ、生徒たちには助けを求めたときに助けてあげたいと思われる人にはなってほしいですね。
――『誰も知らない』(2004)という映画について、先生の意見をお聞きしたいです。この映画はお母さんが四人兄弟を無戸籍のまま隠して育てている母子家庭で、ある日お金だけおいて出て行ってしまうところから話が展開していきます。序盤こそ子どもたちはそのお金でひっそり暮らしていましたが、お金が尽きていくのと同時に子どもだけでの生活は乱れていきます。多くの大人が異様な家庭環境に気づきながらも知らないふりをする中、手を差し伸べようとする人が一人現れました。しかし子どもたちは四人ばらばらになるのを恐れ警察には言わないでくれと頼んだのでその人は何もできなかったんです。この人はどうするべきだったと思いますか?
すみません。その映画観ていないのですが、無戸籍ということは、支援の手が行き届きにくいですよね。うわ、すごく何か、訴えかけてくるような作品ですね。いやすごくよくわかるんですよ、一緒に暮らしたいから警察に言わないでと頼む子どもの気持ちも。でもね、子ども達にはまだまだ長い未来があるんです。だからやっぱり第三者が社会的なセーフティーネットに繋いであげたほうが良いと感じます。まだ変えようと思えば変えられる状況だから、今を生きるためだけの選択はするべきでないと思うんです。いや、もちろん言いにくいとは思いますがね。児童相談所虐待対応ダイヤル「189」のように匿名で知らせることができるシステムがあるので、恨まれることはないですし。子どもたちに申し訳ないという気持ちはすごくわかりますが。
話は最初に戻りますが、このような子どもの権利が軽んじられた結果起こってしまう悲しい事件があとをたちません。私は、これらの事件の背景にある様々な課題に目を向けることが、生徒にとって自分事として考えるきっかけにつながると思っています。授業では『コウノドリ』というドラマを視聴して、命の大切さについて考え、様々な立場から意見交換もしました。授業中に涙をすすりあげる生徒たちの姿が印象的でした。
多様化する社会だからこそ、家庭科の授業を通して、一人一人が自分はどう生きたいのかを考えるきっかけをつくり、自分の人生を切り拓いていく生活力を育てていきたいと思っています。それが、ウェルビーイングな社会の実現につながると信じて。